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息子に負けた

息子(4歳)の”生意気語録”を二題お届けします。

お姉ちゃんがぶつぶつと家内に文句を言っているのに対し、

「お姉ちゃん、いい加減にしな~。そういうところがコドモなんだからな~」

私は思わず吹き出してしまいました(笑)。まあ確かに”コドモ”だけどさ。

そして夜、息子と私でオセロをやっていたときのこと、ハンデをつけて四隅に息子の駒を置いています。

それでも、1ヶ月前は全く歯が立たなかったのに、今日はホイホイと私の駒をひっくり返していきます、

私の完敗でした。

そして私に向かって言った言葉が・・・

「おとうさんはさあ、走るのは速いんだからさあ。オセロも頑張りなよ~」

もうハンデは減らしてもよさそうですね。

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男はズボンを下げたがる。女はスカートを・・・

午後半休をとって、風邪をひいた家内の代わりに、娘の中学校の入学説明会に参加してきました。

地元の公立ですが、1学年が400人を超える今どき珍しいマンモス中学です。

従って参加している親の数も400名。その中で男性は3名。

なんというか、居たたまれない状況ですね(苦笑)。

先生の説明の中では、服装に関する注意が細々とありました。

今どき珍しく服装には厳しい中学のようで、女子のスカートは膝が隠れるまで長いのです。

それで先生がおっしゃるには、

「放っておくと、男子はズボンを下げたがりますし、女子はスカートを上げたがりますからね」

女子のスカートは・・・まあ分かるにしても、男子のズボン・・・いわゆる「腰パン」というのは、私には何だか意味が分かりません。

足が短く見えるし、歩きにくいだろうし。

一体どういう経緯で始まったんでしょうね?

と、ウィキペディアで調べてみたら、こんなことが書かれていました。

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英語ではsagger(sagは垂れ下がったという意味)と呼ばれ、元々は、ニュースクールのヒップホップ系ファッションだった。その始まりには諸説有るが、その一つに囚人服は、たいてい大きめの物が用意されており、自殺防止や武器として使用を防ぐため、ベルトの着用が許されていなかった。このため、自然とずり落ちてきた、ヒップホップは抑圧されたアフリカ系やヒスパニック系の文化であり、社会への反骨と受刑者への羨望、あるいは実体験から腰パンファッションが生まれたとする説があるが、実際は貧困から成長後も着用できる大きなサイズの服を買い与えたところから定着した。
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ルーツは囚人服だったんだ。

でも、それを知ったからといって、どうしようもないですけど(苦笑)。

一方で、ミニスカートを履きたがる女の子には、ココ・シャネルのこんな言葉を贈りたいですね。

「膝は関節よ。醜いわ。絶対見せちゃダメ」

シャネルは、膝丈ぎりぎりラインを固守していたようですね。

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日本の神話について考える

土曜日、知人が主催する「根っこの会」に参加してきました。

場所は人形町の公民館。

この会の趣旨は、諸外国では自国の歴史を神話にまで遡って教えているのに、戦争に負けた日本はそのことについて過剰に反応し、すっぽりとその部分が抜け落ちている。私たちも日本という国の成り立ちを神話から知るべきではないか・・・というところから始まりました。

で、何をやっているかというと、古事記の読み合わせをしています。

今回は、ヤマサチヒコとウミサチヒコが登場するあたりを読みました。

日本が世界において極めて異質だなあと思うのが、多神多仏を受け入れちゃうというところ。

一神教の世界ではまず考えられませんよね。

キリスト教なんかだと「異教徒は殲滅せよ」と聖書に書かれているようですし・・・

まあ、「本気」の信者達は、殺しはしないまでも、異教徒を自分たちと同じ人間だとは思っていないとも聞きます。

それが日本では八百万の神様がいて、その神様達も実に「人間」臭かったりしますからね(笑)。

今回は、男性2名、女性7名という構成でしたが、なかなか本題に入らず、4時間のうち古事記の読み合わせをしたのはたったの15分でした。

あとは専ら世間話をしていました(笑)。

それでも(それだから?)女性陣にとっては(もちろん男性陣にも)、とても有意義な時間となり日頃の憂さを晴らして帰路に着いたのでした。

知らない者同士が何かをテーマに集まって、ただただしゃべるというのもなかなか面白いですよ。

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