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1/4の奇跡

知人から「1/4の奇跡」というドキュメンタリー映画を紹介してもらいました。

これを自分で発行しているメルマガで紹介したところ、読者の方から「感動しました!」という感想を多数いただきました。

なぜ1/4の奇跡なのか?それを以下に紹介します。

■■■

~ 雪絵ちゃんの願い ~

 このお話しは、雪絵ちゃんという素敵な女の子のお話です。彼女は、「一人一人がみんな大切で、自分のこと大好きでいいんだよ」ということを、伝え続けてくれました。

  _____ 

 雪絵ちゃんの話をします。雪絵ちゃんと出会ったのは病弱養護学校という養護学校でした。病弱養護学校というのは、心臓病だとか、喘息だとか、ネフローゼだという慢性の病気を持っておられて、地域の学校に通うことが難しいお子さんが通っておられる学校なんですね。そこで雪絵ちゃんと出会いました。

 雪絵ちゃんはMSという名前の病気を持っておられました。MS,別名多発性硬化症という病気です。どんな病気かというと、熱が出ると、目が見えなくなったり、手や足が動かしにくくなるという病気なんです。見えないまんまかとか動かしにくいまんまかというと、そうではなくて、訓練をしている間に、だんだん見えるようになったり、動くようになったりするんですけれど、でも、発熱する前のところまで回復するというのは難しいので、だんだん見えなくなったり、だんだん動かなくなっていくという病気です。それから見えないまんまということもあるし、動かないまんまということもあるんですね。だから、私は雪絵ちゃんはどんなに再発するたびに、どんなに怖いだろうと思うのにね、雪絵ちゃんはいつもいつもね、とても元気に立ち直るんですね。

 雪絵ちゃんは空から降る雪に、絵と書いて雪絵と言います。雪絵ちゃんは12月28日生まれ、雪の降ったきれいな朝に生まれた女の子なんですね。

 雪絵ちゃんは多発性硬化症、MSという病気を持っていたわけですけれど、雪絵ちゃんは口癖のように「私はMSであることを後悔しないよ」と言いました。「MSである雪絵をそのまま愛しているよ」と言いました。

「どうして?」と聞くと、

「だってね、MSになったからこそ気がつけたことがいっぱいあるよ。もしMSでなかったらその素敵なことに気がつけなかったと思う。私は、気がついている自分が好きだからMSでよかった」と雪絵ちゃんは言うんです。

 そしてね。MSになったからこそ出会えた大好きな人が周りにいっぱいいるよ。かっこちゃんにも会えたしね。もしMSでなかったら違う素敵な人に会えたかもしれないけれど、私は今周りにいる人に会いたかった、かっこちゃんに会いたかったから、これでよかったよ。目が見えなくなっても、手や足が動かなくなっても、息をするときに、人工呼吸器をつけなくてはならなくなっても、私はMSであることを決して後悔しない。MSの雪絵な丸ごと愛しているって。

 そういうふうに言い切る雪絵ちゃんはなんて素敵なんだろうと思います。その雪絵ちゃんが、言っていることとか、それから、話してくれていることとか、書いてくれていることとか、素敵なことがいっぱいあって、私はいつも、雪絵ちゃんから元気や勇気をいっぱいもらうなあと思います。これは幸せ気分という雪絵ちゃんの書いた本なんですけれど、ここから少し紹介させていただきます。

ありがとう

ありがとう、
私決めていることがあるの。
この目が物をうつさなくなったら目に、
そしてこの足が動かなくなったら、足に
「ありがとう」って言おうって決めているの。
今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、

私を喜ばせてくれたんだもん。
いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた。
夜の道も暗いのにがんばってくれた。
足もそう。
私のために信じられないほど歩いてくれた。

一緒にいっぱいいろんなところへ行った。
私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた。
なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき
「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う。
今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか。
だからちゃんと「ありがとう」って言うの。
大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから

「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。
たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……。

 とこんなふうに続いていくんですけれどね、私ね、なんてすごいんだろうって思ったんですね。だってね、たとえば、私、山の方に住んでいるんですけれどね、車がないとね、どこにも行けないんですよね。お買い物にも行けないし、学校にも行けないし。でもね、あるとき、参観日の大事な日なのに、車が途中でとまっちゃったんですよね。それでね、どうして、こんな大事な日にとまっちゃうのよ。新しいのに買い換えちゃうからね、って車に言ったんですね。私はそのとき、雪絵ちゃんのありがとうの詩を思い出しました。私は車がなかったらどこにも行けないんですね。毎日毎日運んでくれているのに、ありがとうって思ったことがあっただろうか?それなのに、私は動かなくなったら、「なんでよ」なんて思って、おまけに、私がガソリンをちゃんと入れてなかったからだったんですよね、それなのに、車を責めている私ってなんだろうってそんなふうに思いました。

 それから雪絵ちゃんは「よかった」「よかった」って言うんですね。どんなときも「よかった」「よかった」って。私が毎日毎日、雪絵ちゃんにあったことをね、メールとか会ったりとか、FAXとか電話とかで言うんですね。そうすると、雪絵ちゃんはどんなときでも、「よかったね」って言うんですね。

 たとえば、「私ね、今日、車ぶつけちゃったの」って言ったらね、雪絵ちゃんがね、「よかったね」って言うんです。
それでね、私が「どうして?」って。

 そのとき、私、車買ったばっかりのときだったのにね、バックしてね、自分の家の塀にばーんとぶつけちゃったんですね。
本当にね、最初に運転をしたときだったから、雪絵ちゃんに「大ショック」って言ったら雪絵ちゃんが「よかったね」って。

「だって私、ぶつけちゃったんだよ」って言ったらね、雪絵ちゃんがね、「かっこちゃんぴんぴんしてるじゃない。かっこちゃん、少しぶつけといた方がいいよ。そうしたら後ろ向いて、ちゃんとバックするようになるから」って。

そう言われたら、本当にちゃんとバックするとき、後ろ見てなかったわと思いました。そのあと、本当にね、ちゃんと後ろ見るようになってね、よかったなって思ったんですよね。
もし、それが、人のおうちの塀だったり、人の車だったら大変だし、まして誰か人をひいてしまったら大変だったのに、あれから、私、ちゃんと後ろ向いてからバックするようになったもんと思って、本当に雪絵ちゃんの言うとおりだなあというふうに思いました。

 それからあるとき、国語の先生の会の集まりのときに、お話しさせていただいたことがあったんですね。で、私が自分の学校の子ども達が大好きなように、その先生もご自分の生徒さんが大好きなんだと思います。こんな質問をされました。「どうして、日本という国は、障害を持っていて、国にあまり役に立たない人のためにお金を使うんですか? 障害を持っている人は十分な栄養と睡眠さえ与えておけば、大丈夫なんじゃないんですか?」っておっしゃったんです。「私たちは高校のみんなにたくさん本を買ってあげたいのに、なかなかね、買ってあげるお金をもらえない。国のために役に立つ高校生にお金を使ったらいいと私は思うんだけど、どう思われますか?」っておっしゃったんですね。

 で、私は、なんてことをおっしゃるのだろうと思ってね、あの、子ども達はお勉強したりするのが大好きだし、それに、子ども達がいることで、みんなはいっぱいいろんな大切なものに気がつけたりできるのに、と思って、一生懸命「そうじゃないんですよ」って講演会でお話しさせていただいて、帰ってきて、でも、私ちょっときっと怒っていたんだと思います。それで、帰って来て、雪絵ちゃんに会うなり、雪絵ちゃんに、「今日ね、あのね、すごく腹が立ったことがあったんだよ。高校の先生がこんなふうに言ったんだよ。私、星雄馬のお父さんだったら、机ひっくり返しているかもしれない」って言ったんです。

 雪絵ちゃんが「その人、質問してくれてよかったね」と言いました。

 また雪絵ちゃんの“よかったね”が始まったと思って、
「どうして?」って聞いたらね、
「かっこちゃんはね、毎日のように障害を持っている人と一緒にいるから、障害を持っている人がどんなに大切で、そして、どんなに素敵かを知ってると思う。でもね、社会の人は知らない人がほとんどだよ。その会場にいた人も知らない人がいっぱいいたと思う。でも、その女の先生が質問してくれたおかげで、かっこちゃん、一生懸命『そうじゃないよ』ってしゃべったんでしょう?それを聞いた人たちが、ああそうかって、思ってくれた人がきっと何人もいるよ」って言ってくれたんですね。

 本当だと思って、ああよかった、その人ね、質問してくれて、ありがとうというような気持ちに変わったので、不思議だなあと思うんだけど、雪絵ちゃんはとにかく、どんなときにも「よかったね」「よかったね」っていう人でした。

三年か四年くらい前の夏でしたけれど、雪絵ちゃんがある日ね、「かっこちゃん、私疲れちゃった。らくになりたくなった」って言ったんです。

らくになりたいって死にたいってことかなってちょっと思ったけど、そんなこと私、言えないしね、だってそのときの雪絵ちゃんは、もう指一本、動かすことができない状態になっていたんですね。おしゃべりすることはできたけど、指一本動かない、どんなにつらいことかわかっていたので、どうしよう、なんて答えようと思っていたのです。
 
 雪絵ちゃんは、「あ、かっこちゃんはまさか私が死にたいとでも思ったと思った?そんなこと、思うはずないでしょ?」って言いました。
「よかった」って思ったんですけど、雪絵ちゃんが、「私ね、やっぱりね、どこも動けないとやっぱり疲れちゃうんだよね。暑いから扇風機つけてほしいなあと思っても、人に頼まなくちゃいけないし、身体が冷えてきたから、扇風機止めてほしいと思っても、人をね、呼び止めて頼まないといけないし、それに、動かないけど、痛むし、それに動かないけど、かゆくなったりもするんだよねって。だから、元気になりたいから、なんか元気になる話をして」と言いました。

私は「まかしといて」って言って、そのときに、こんな話をしたんです。

私はそのときに、ああ、こんなことがあるんだと思って、すごくうれしかったテレビの話なんですけどね、みなさんにもさせていただいたいと思うんです。

 NHKの人体Ⅲっていう番組がね、昔あったんです。みなさんご存知でしょうかね、遺伝子というね、そういうものを扱った番組だったんですね。私はその番組がすごく好きだったんですけど、その中であの、わあ、うれしいと思ったことがあったんです。

 どんなことかと言うと、アフリカのある村で、マラリアが大発生するですね、マラリアって、けっこう、怖い病気で、どんどんどんどんその村の人がね、死んでしまうんです。どんどんどんどん死んで、その村が絶滅してしまうんじゃないかってそう思ったのに、絶滅しなかったんです。なぜかというと、マラリアにかからない人がいるということがわかったんです。で、いったいどんな人がかからないんだろうなって思って、お医者さんとか、科学者の人が血を採って調べたんですね。そうしたら、あることがわかったんです。私たちの多くの人たちの赤血球は、ハンバーグをつぶしたような形をしているんですね。けれども、お月さまみたいな鎌状赤血球って言うんですけど、草を刈る鎌みたいな形をしている鎌状の赤血球を持っている人はマラリアにかからないということがわかったんだそうです。それで、さらにお医者さんは、鎌状赤血球を持っている人の兄弟を調べられたんだそうです。で、鎌状赤血球を持っている人の兄弟に、集まってくださいと言って、その村の人に集まってもらって、その人たちの血液を調べたんですね。あ、血液は鎌状だった。ごめんなさい。とにかく、集まってくださいと言ったときに、鎌状赤血球を持っている兄弟のうちの1/4の人は、鎌状赤血球を持っていて、障害も持っているということがわかったんだそうです。そして、鎌状赤血球を持っている兄弟の人の2/4の人、この人たちは、鎌状赤血球を持っていて障害はないということがわかったんだそうです。そして残りの1/4の人は、えっと鎌状赤血球も持っていない。障害もないということが分かったんですね。で、マラリアがばーっと大発生したときに、この人は鎌状赤血球を持っていないので亡くなってしまいます。で、生き残るのは、この3/4の人なんですね。

で、人体Ⅲという番組は、柳澤桂子さんとか、それから立花隆さんとか、養老孟司さんとか、科学者の人がたくさん出ておられる科学番組なんですけどね、その人達が、こんなふうにおっしゃいました。「この村を救ったのは、この鎌状赤血球を持っていて、障害のない2/4の人たちである。けれども、この2/4の人が、ここに存在するためには、この1/4の障害を持っている人たちが、存在しなければ、この2/4の人たちは決してここに存在しないのだ。たとえば、障害を持っている人はいらないんだと思って切り捨てていっていたら、けっして、この2/4の人たちは生まれていなかっただろう」っておっしゃるんですね。「しいていえば、この村を救ったのは、この1/4の障害を持った人である」とそんなふうに人体Ⅲでは言っていました。

そして、次の回で、今度はエイズの話をしていました。今、世界は、エイズという病気のために、人類は絶滅の危機にあるんだそうですね。日本ではあんまりわからないけれど、本当に絶滅の危機にあるんだそうです。けれども、「絶滅はしないでしょう」と番組では言っていました。なぜならば、エイズにかからない人がいるということがわかったからです。

アメリカのある一人の男の人がいました。その男の人は、女の人を好きになるんじゃなくて、男の人が好きになっておられる方だったんですけど、恋人がエイズで亡くなっているから、自分もエイズにかかっているのだろうと思っていたんですね。ところが、エイズにならない、おかしいなと思って、病院に行って、調べられたら、あることがわかったんだそうです。

 それはどんなことかというと、今から700年前、スペインのある村で、ペストが大流行したんですね。で、その病気で、みんな、どんどんどんどん死んじゃうんですけど、村人の何人かだけが生き残ったんだそうです。その何人かは700年の間に、だんだんだんだんと人数が増えて、たくさんの人数になったんですね。この人達はエイズにはかからないということがわかったんだそうです。

 それで、人体Ⅲでは、すごく不思議なことを言っているんですね。もし、百年とか、二百年後とかで、エイズが発生していたら、人類は滅んでいたでしょう。それでは、人類を救うだけの数に、子孫の数が足りないんだそうです。三百年でも四百年でもだめなんだそうです。ちょうど地球を救うだけの数になるのには、七百年かかるんだそうです。まるで七百年後にエイズが大流行することを、知っていたかのように、七百年前にスペインで病気が発生している…そんな不思議なことを言っていました。

 そして、その番組で、こんなふうに柳澤桂子さんが言っておられます。「私たちが今、元気に明日に向かって歩いていくことができるのは、過去に、病気や障害を持って、苦しい生活を送ってくれた人がいるおかげである。もしその人がいなかったら、私たちは今、ここにいないでしょう。今、私たちの世界にも、あの、生きているこの社会にも、障害や病気を背負っている人はたくさんおられます。その人達は、私たちが、未来の私たちの子孫のためにも、支えていかなければならない、大切な人たちなのです」とそんなふうに人体Ⅲという科学番組では言っていました。私はそれがすごくうれしかったので、雪絵ちゃんにそのことを伝えたら、雪絵ちゃんもそのことをすごく喜んでくれました。

「私たちだけが知っていたらもったいないね。たくさんの人が知っていてくれたらいいね」と雪絵ちゃんは言いました。

それが8月でした。

 10月になって、雪絵ちゃんをすごく重い再発が襲いました。雪絵ちゃんは意識不明になって、そして救急車に乗せられて病院に運ばれていきました。知らせを受けて、すぐに病院にかけつけたけれども、雪絵ちゃんは絶対安静で、面会謝絶で会うことはできませんでした。がんばって、がんばってって思いながら、毎日病院に行っていて、でも、なかなか会うことはできなかったんですね。

 でも、11月の半ばになって、雪絵ちゃんのお母さんが、「雪絵の容態が落ち着いたので、会ってやってもらえますか?」と言ってくださいました。
「うわあ、うれしい」って言ったら、けれど「山元先生に言っておかなければならないことあがるんですね」とお母さんが言われました。「雪絵の脳をCTで見たら、真っ黒で、もうこの子は何も見えないし、聞こえないし、感じていません。何もわからないんです。先生に会っても、この子は何もわからないでしょう。でも、山元先生はこの子が大好きな人でしたから、会ってやってくださいますか?」と言ってくださったので、私は雪絵ちゃんに会わせていただくことにしました。

 病室に入っていくと、雪絵ちゃんは、身体を半分起き上がらせるようになってるそういうベッドに身体を横にしていました。で、「雪絵ちゃん」って言って、そばに行ったときに、びっくりすることが起きました。雪絵ちゃんは、私が最後に会ったときは、指一本動かせなかったはずなんです。けど、私が「雪絵ちゃん」と言って手を握ったら、雪絵ちゃんはものすごい力で私の手をぎゅーっとつかんでくれました。ああ、私がここにいるって、雪絵ちゃんはわかっているんだ。魂か何かわからないけれど、CTで撮った脳が真っ黒でも、私がいるってわかっているんだなって思いました。

 次に行ったときに、雪絵ちゃんは言葉を取り戻して、雪絵ちゃんは「痛い、痛い」って行ったり、「先生」って言ってくれたりしました。私が話していることに対して、「よかったね」とは言ってくれなかったけれども、雪絵ちゃんは確かに、私がいることがわかっているなってそんなふうに思いました。また毎日のように、雪絵ちゃんのところに出かけて、今日あったことを話したり、クリスマスが近かったので、クリスマスの歌を歌ったりしました。12月の23日に、あの、雪絵ちゃんのところに行ったときに、雪絵ちゃんにまた重い再発が起こっているということがわかりました。でも、私は、12月の24日に、どうしても、ソウルに行かなければなりませんでした。私の本を韓国で出版してくださるという方がおられて、もう1年も前から、私が休みになったら行くって約束してたんです。

 雪絵ちゃんに「がんばってね。お誕生日も28日で近いし、クリスマスもあるから、雪の模様のパジャマを買って帰ってくるから、何か探して帰ってくるから」ってそう行って病室を後にしました。

 そして24日に小松空港に行ったら、小松空港のカウンターのところに貼り紙がしてあって小松はいつもね、冬は雪なんですけど、その日はめずらしくいいお天気だったのに、「天候不良のため、飛行機飛びません」って書いてあったんです。ソウル便飛びませんって。おかしいなあ、こんないいお天気なのになと思って、カウンターで聞いたら、この便はソウルからの便の戻りなんだそうです。だから、ソウルで天気が悪いんですよっておしゃったんですね。

それで、友達に電話をしたら、ソウルの友達は、編集者の友達は、「おかしいんですよ。不思議なんですよ。こちらもいいお天気で、東京の便も、大阪の便も、みんな同じ時間に飛んでいるのに、なぜか小松の便だけが飛ばなかったんですよ。おかしいですね」って。

「じゃあ、次の便が出るのが26日だからそのときに行きます」そういうふうに約束をしました。

それで、26日の便は、お昼頃なので、その用意をしていたら、朝の6時にうちの電話が鳴りました。

それは、雪絵ちゃんが亡くなったという報せの電話でした。

 私は雪絵ちゃんがどんなに悪くなっても、どんなに危ないと言われても、いつも雪絵ちゃんは絶対に大丈夫だとなんだかそんなふうに思っていました。けれども亡くなったという報せを聞いたときに、私は雪絵ちゃんは今日亡くなろうって自分で決めたのかなってなんだかそんな気がしました。雪絵ちゃんはいつもいつも、なんでも自分で決めていたんです。クスリを飲むか飲まないか、入院するか退院するか、そういうことも自分で決めていました。

「だって、私の人生だよ。誰が私の人生に責任を持てる? 誰も持てないよ。でも私なら持てる。私が決めたことだったら、がんばれるし、誰のことも恨まなくてすむからね」ってそう言っていたんです。だから、雪絵ちゃんは今日亡くなろうって自分で決めたのかなって思いました。雪絵ちゃんのおうちに行ったら、お母さんが待っていてくださいました。

 そして、雪絵ちゃんのお部屋に通してくださったんです。雪絵ちゃんの枕元には姪っ子さんや甥っ子さんが楽しそうに遊んでいてね、あのお本当に優しい顔で、眠っているみたいでした。

お母さんは不思議なことをおっしゃるんです。「この子はね、今日亡くなろうって自分で決めたんだと思います」って。

「どうしてそう思われるんですか?」って言ったら、「この子は、年が明けたら、一月になったらね、大きな病院にかわることに決まっていたんです。その病院はこの子が絶対に行きたくないと言っていたとても遠い病院でした。この子は家が好きでしたから、そこには行きたくないといつも言っていたんです。この子はお正月も自分の誕生日も、みんなね、自分の家ですごそうと決めていたんじゃないでしょうか」とお母さんがおっしゃいました。

 そしてお母さんが、「不思議なんですよ。この子は、今日亡くなって、明日27日がお通夜で、28日、お誕生日がお葬式なんですよ。この子はね、お誕生日がいつもことさら大好きで、大事な日、大切な日と言っていた。その日にお葬式なんですよ。あっぱれな子ですね」とおっしゃいました。

「私は実は今日、ここにいないはずだったんです。飛行機が飛ばなかったので」と言いました。

 お母さんは、「あの子は、先生にいてほしいために、飛行機までとめてしまったんですね」とおっしゃいました。そして、きっと、お通夜やお葬式の席じゃなくて、今日、ここで先生とお別れがしたかったんでしょう。あの子は先生と行った温泉旅行がすごくうれしかったようで、その話ばっかりしていましたから、この子をソウルに連れて行ってやってください」と言ってくださいました。

 それで、私は雪絵ちゃんのお通夜にも、お葬式にも出席していません。雪絵ちゃんと一緒のつもりで、飛行機に乗り込みました。けれども、私は雪絵ちゃんのことばっかり考えてね、雪絵ちゃんはいつもいつも、「私でよかった。私の人生を後悔しない」って言っていたけど、でも、やっぱりつらくて悲しい人生だったんじゃないだろうか、そんなふうにも思ったりもしました。また、雪絵ちゃんは負け惜しみを言っていたんじゃないだろうか?と思ったりもしました。けれども、またこれも本当に不思議なんですが、私の鞄のなかに雪絵ちゃんからのエッセイが、手紙が一つ入っていたんです。それはこんな手紙でした。

誕生日

私今日生まれたの。
一分一秒のくるいもなく、今日誕生しました。
少しでもずれていたら、今頃 健康だったかもしれない。
今の人生をおくるには、一分一秒のくるいもなく生まれてこなければいけなかったの。
けっこうこれってむずかしいだよ。
12月の28日、私の大好きで大切で幸せな日、
今日生まれてきて大成功。Snowに生まれてきて、これまた大成功。

 雪絵ちゃんはやっぱり自分に生まれて、大成功、大正解って思ってたんだなあというふうに思いました。それでも、私は、雪絵ちゃんが亡くなったことを、なかなか受けとめることができませんでした。毎日毎日泣いていました。悲しくて悲しくて。そして、私は自分勝手な人間だなあって思うんですけど、雪絵ちゃん、なんで亡くなっちゃったの? 誰が私の話を毎日聞いてくれて、「よかったね」って言ってくれるの?ってそんなことを思っていたりしました。ごはんも食べられないし、寝られないけれど、でも、ベッドの中に入って…。学校のある間は学校にいるからいいんですけど、帰ってから、本当に何もできなくって、もうこのままじゃね、私もだめになってしまうのじゃないかなあって。体重もどんどんやせていったんですね。

 そしてまさにそんなときに、まるで背中をぽんぽんとたたかれたみたいに、あることがぱっと思い出されたんです。なんか電気が走ったみたいなくらいだったんですけど…それは雪絵ちゃんとした最後の約束でした。私が、最後に雪絵ちゃんと長い会話をした日。

その日、雪絵ちゃんは、「かっこちゃんにどうしても頼みたいことがあるから、家に来て」って言ったんです。そして出かけて行ったら、雪絵ちゃんは「今から話すことを絶対にきいてほしいお願いがあるの。絶対にだめって言わないでほしい」って何回も何回も念を押すんです。

「私、雪絵ちゃんのお願いだったら何でもきくじゃない。雪絵ちゃんは今まで私に、お願いなんかしたことないじゃない。なんだってきくから言って」って。

そしたら雪絵ちゃんは「本当だよ」ってまた念を押して、こんなふうに言いました。

「かっこちゃん、前にね、障害とか病気とかとっても大切なんだよ。科学的にも証明されているって言ったよね」って。「言ったよ」って私が言うと、「人は障害があるとかないとか、そんなことじゃなくって、誰もがみんな大切だっていうことも科学的に証明されているって言ったよね」
「言ったよ」
「じゃあ、それがね、世界中の人が知っている世界にかっこちゃんがして」って雪絵ちゃんがそう言いました。
「なんでそんなこと私ができるの?」って私すぐに言おうと思いました。
そうしたら、雪絵ちゃんが「言わないで」って止めるんです。
「何も言っちゃだめ」って。

 私は雪絵ちゃんがあんまり真剣だから、そのときね、「わかったよ」って言ってしまったんです。だけど、できるなんてことはぜんぜん思っていません。できるはずがないと思っていました。

でも、雪絵ちゃんはそのまま亡くなってしまいました。

私は泣いてばっかりいて、なんにも雪絵ちゃんとの約束を守っていない、書かなくっちゃ書かなくっちゃと思って、私は三冊の本を書きました。

 それがこの「本当のことだから」という本。これは、雪絵ちゃんが教えてくれたことや、ペルーにあるナスカの地上絵とかそんな不思議を学校の子ども達がその謎をちゃんと解き明かしてくれているというね、そういう本です。「本当のことだから」という本と、違うタッチでお話ししたいと思って書いた、ファンタジー「魔女・モナの物語」そして「心の痛みを受けとめること」というふうに、三冊書いたんですね。

 これは、16,17,18冊目の本になるのかな?でも、それまで私は、本、書いたらね、ああ、よかった、それでいいやって思っていて、あの、売れてほしいとか、たくさんの人に読んでほしいって、ぜんぜん思っていないわけじゃないんですけど、あんまりそういうことを思わないでいたと思います。でも、書くだけじゃだめだ。読んでいただいて、知っていただかないと、雪絵ちゃんとの約束を守っていくことにはならないというふうに思って、本屋さんにお願いして、本屋さんに「置いてください」とお願いをしに行ったんですね。この「本当のことだから」という本を最初に置いてくださいと言ったら、「どうしたんですか? 山元さん、今度は自費出版ですか?」と言われたので、「そうじゃないんですけど」って言ってね、雪絵ちゃんの話をさせていただいたら、「わかりました。置きましょう」と言ってね、たくさん置いてくださってね、買っていただくことができたんです。

 その次に、今度もまた、この「魔女、モナの物語」というお話しを、また置いてくださいと本屋さんにお願いしに行ったら、本屋さんが、
「不思議なんですよ、この本がね、インターネットでもなかなか手に入らないし、じゃあ、取り寄せようと思っても、なかなか、入って来ないんですよ」とおっしゃるんです。

 ああ、これはもうだめなのかなあと、書いたけど、だめだったのかなあと諦めかけたときに、ある一人の友達が、赤塚さんという友達なんですけど、その人からちょうどメールが入ったんです。
「僕はこれを読んだよ」って言って、なんかよくわからないけれど、「僕はこれを世界に広めるよ」って言ってくださったんです。

 赤塚さんはキリスト教の方なんですけど、イエス様を信じておられる方なんですけど、「イエスはね、パウロという人がいなかったら、ただの田舎の大工だったんだよ」私が言ったんじゃないですよ。あの、赤塚さんがおっしゃったんです。「ただの大工だったんだよ。だからね、僕はモナのパウロになるよ。これを伝導するよ」なんて言ってくださってね、最初に百冊買ってくださって、そしてね「僕はこれを百人の友達に贈って、みんなに、10冊ずつ買わないと友達じゃないぞってね、みんなを脅迫した」なんて言ってくださって、そしてまた不思議なことにたくさんの人に読んでいただくことができたんですね。

 それで、私は、なんか雪絵ちゃんがいつも守ってくれてるんじゃないかなってね、そんな不思議なことを思っているんですね。

 私は今でも、そんなに簡単に、世界中の人がこのことを当たり前に知っている世の中になるとは思ってはいないんです。けれども、私はやっぱりこのことをずっとずっとお話しさせていただきたいなと思っています。

 そして、私、みなさんにお願いがあるんです。「今日、講演会に行ったらね、こんな話を聞いてきたよ。1/4の奇跡みたいなことがあるよって、(お力を貸していただけないでしょうか?)あのね、おうちに帰ったり、お仕事の先のところで、こんな話を聞いてきたよ、雪絵ちゃんはこんなことが伝えたがったんだよ」って、お話ししてはいただけないでしょうか? お願いします。

 そしてね、もうひとつね、わがままなお願いがあるんですけど、実はね、私の友達がね、「かっこちゃん、そんなふうな伝え方していても、広まっていかないんだよ。こういうふうにしたらいいよ」って教えてくれたことがあるんです。私は「たんぽぽの仲間たち」っていうホームページを持っていて、その中にいちじくりんというブログを持っているですね。でね、いろんな方が来てくださるんですけれど、かっこちゃんのページに来てくれるのは、かっこちゃんのことを知っている人とか、障害を持っている人のお父さんお母さんや、そういう人しか来ないと思うよ。そういう人はもう十分にいろんなことをわかっておられると思うよ。それじゃあ広まらないよって言ってね。このいちじくりんというブログにブログランキングというのがついているんですけど、それをちゃんとつけないとだめだよ。そのブログランキングという文字を一日に一回押していただくと、ランキングが上にあがっていくようになっているので、そのランキングを見てくださった方が、「いちじくりんって何だろう」と思って来てくださるかもしれないと、教えてくれました。

おかげさまで、私のホームページに来て、ホームページの中の文章やブログで子ども達のことを知ってくださる方が増えてきました。

ある方は、「僕は障害を持っている人のことはぜんぜん知らなかったけれど、今度、僕の会社で、二人、働いてもらうことにしましたよ」と行ってくださる方がおられます。

 それから、ある方は、「養護学校が近くにあって、電車で生徒さんと一緒になるんだけど、そして、なんだか離れてすわってしまっていたんだけど、いちじくりんを知ってから、積極的に、隣にすわってお友達になりたいなって思うようになりました」って言ってくださる方がおられたりで、とってもうれしいんです。

 あの、本当にあつかましいお願いですが、もし、みなさん、パソコンを持っていらして、ちょっと時間をとってもいいよという方がおられたら、いちじくりんを毎日開いていただいて、ブログランキングという文字をぽちっと押していただけると、ランキングがあがって、またたくさんの人に来てたいただけるんじゃないかと思って、お願いいたします。

 私はやっぱり、雪絵ちゃんの思っていたことっていうのは、決して雪絵ちゃんのわがままだったわけじゃなくて、みんなが自分のこと好きでいいんだって思えて、みんな大事だって、障害を持っている人もそうでない人も、誰もがみんな大事だということをお話ししていけたらいいなと思っているんです。

 いま、だんだんブログとかの世界が広まってきているので、たくさんの方がブログを持っておられます。たんぽぽの仲間たちのホームページに書いてあること、いちじくりんに書いてあること、それから、別冊たんぽぽと言って、声でしゃべっているページもあります。著作権とかぜんぜん関係ないです。どれを使っていただいても、ぜんぜん大丈夫です。紹介していただけたらなあと思います。
最後まで聞いていただきまして、本当に、どうもありがとうございました。

山元加津子

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